bbbf94d8[1]


右京「346プロダクション?」


347: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:42:53.20 ID:K5ywTBQXO
ちひろ「…」


ちひろ「…」

「千川さん。これで宜しいでしょうか」

ちひろ「え?は、はいっ!ちょ、ちょっとお待ちください!」

「…?」

ちひろ「確認しますので…えっと…はいっ!これで大丈夫です!」

「え、ええ…ありがとうございます…」

348: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:43:59.90 ID:K5ywTBQXO
昨日 PM17:20

ちひろ『…ここ数ヶ月の納品書…?』

右京『ええ。無理ですかねぇ?』

ちひろ『無理…というより、どうしてですか?』

右京『どうしても、確認したい事があるんですよ。ええ、勿論秘密裏に』

ちひろ『…そういうことは…私に言われても困ります…』

右京『おや…これは僕としたことが…』

ちひろ『流石に多過ぎますし…きちんと目的を…』

右京『ええ。分かっております。大変ご迷惑をおかけしました』

ちひろ『…』

右京『米沢さんに頼むとしましょう』

ちひろ『えっ!?』

右京『それではまた』

ちひろ『あ…ちょっ………待って下さい!』

右京『はいぃ?』

ちひろ『だから……ああ、もう!』

右京『?』

ちひろ『わ、分かりました……で、でも……ホントに秘密ですよ…?』

右京『ありがとうございます』

349: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:45:08.16 ID:K5ywTBQXO
ちひろ「(…どうして、あの人、あんなこと…)」


ちひろ「(…っていうかどうして私、あの人に協力してるんだろ…?)」


ちひろ「(あのままだったら米沢さんに聞いてたから?)」


ちひろ「(…違う、かなあ…)」


ちひろ「(…あの人って、上から嫌われて、ああなった…)」


ちひろ「(…あれ?じゃあどうして嫌われてたんだろ?)」


ちひろ「(…そういえばあの人って、能力が異常に高くて、めんどくさいだけで…別段何か悪い事してるわけじゃ…)」


ちひろ「(…だから、なのかな…?)」


ちひろ「(…ちょっと、調べて見ようかな…)」

350: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:46:29.15 ID:K5ywTBQXO
右京「…」カタカタ


右京「…」カタカタ


友紀「おはよー!右京さん!」

右京「おはようございます」

友紀「…仕事?」カタン

右京「ええ。そのようなものです」

友紀「そのようなものって…テキトーだなあ…どんなの?」

右京「それよりも君、今日は8時からダンスレッスンが入っていますよ」

友紀「…あ!」

右京「早めに行くことをお勧めします。柔軟なり、やることはありますから」

友紀「そうだねー…じゃ、行ってくるねー!」

右京「ええ」

友紀「…あ、右京さん!」

右京「どうされましたか?」

友紀「あの事、幸子ちゃんに伝えた?」

右京「伝えていませんよ。君が秘密にしろと仰っていたので。…君の後にレッスンが入っていますから、もうすぐ来られるでしょう」

友紀「ん…そっか!じゃー…また後でね!」

右京「…ええ」

351: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:47:41.50 ID:K5ywTBQXO
右京「…」カタカタ


右京「…」ペラ

『○月○日 ○○…200ケース』
『○月○日 ○○…1000本』
『○月○日 ○○…10000冊』

…。

右京「…」


右京「…」フゥー

352: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:48:48.86 ID:K5ywTBQXO
「8時…後30分…」

…30分って、微妙な時間だよなあ。

ちょっと早く行き過ぎたかなあ…。

「…右京さん、何で今日に限って早く行けだなんて…」

あの人の辞書に気まぐれなんて言葉は無いし…。

「きゃっ」
「うわっ」

…痛てて…。

「す、すいません…大丈夫ですか?」

「あ、はい…あ、ちひろさん!大丈夫?」

「は、はい…すいません。前を見てなくて…」

「わ、私も…」

「あ、いえ…」

ぶつかったのは、ちひろさん。

アタシとぶつかった拍子に落としてしまっただろう書類を必死に拾っていた。

「あ、拾う、拾うから…ホントにゴメンね」

「あ、だ、大丈夫です!」

「え、え?」

罪悪感を感じて拾うのを手伝おうとすると、今度はそれを必死に止めてきた。

ぶつかったことを気にするような人じゃないのはよく知ってるけど…。

…だとしたら、今のちひろさんは何だろう?

「…で、では…これで…!」

「あ…」

…行っちゃった…。

353: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:50:52.68 ID:K5ywTBQXO
「…あ…」

ちひろさん…1枚、拾い忘れてるけど…。

「…ちょっとくらい、見ても…」

…。

…?

「…納品書?」

…何だろ、これ?

「あ」

ちひろさんって、事務員だし…まあ、持っててもおかしくはない…よね。

「…けど、なんたってこんな数ヶ月前のものを…?」

…。

…ま、どうでもいいか。

「…っていうか、これじゃアタシ右京さんみたいじゃん」

変に細かいこと気にしちゃって…。

悪い癖が移っちゃったじゃんか。

「…ってかこれ渡さないと!!」

…あー。

早めに出て助かったあ…。

354: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:51:52.28 ID:K5ywTBQXO
幸子「…おや?」

紗枝「あら…」

幸子「今日は早いんですね。いつもより30分も」

紗枝「せやなあ。たまたまとはいえ…」

幸子「雪でも降るんじゃありませんか?珍し過ぎて…」

紗枝「そら困りますわぁ。寒くて縮こまって、ちっさい幸子はんがさらにちっさくなってしまいますわ」

幸子「ちっさくないです!!」

紗枝「ほんま、からかいがいがありますわぁ」ケラケラ

幸子「…あー言えばこー言う…」

紗枝「…にしても、ジャージ姿が板についてきたとちゃいます?」

幸子「仕方ないでしょう。仕事の無い日はほとんど向こうなんですから」

紗枝「そない言わんと…女子力いうもんはどないしたんどすか?」

幸子「愚問ですね。ボクはジャージでもカワイイんですよ。ジャージでも着こなしてみせますよ」

紗枝「…のわりには随分ぴっちりした着方しとりますなぁ。ちょっと前なんて不良の着こなし方真似しとった方が…」

幸子「んがっ…!わ、忘れてくださいよ!」

紗枝「うふふ。あれは傑作やったわぁ」ケラケラ

幸子「ぐぬぬぬぬ…」

355: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:52:55.06 ID:K5ywTBQXO
紗枝「…さて、ウチがどないしてこない早めに来たんか…」

幸子「偶然じゃないんですか?」

紗枝「ウチが偶然で生活リズムを変えるわけないやないどすか」

幸子「む…確かに…何か隠し事ですか?」

紗枝「はて…」

幸子「むー…あれ?友紀さん…」

紗枝「あらあら、あない急いで…」

幸子「友紀さーん!廊下走ったら駄目なんですよ!」

友紀「え?あ、ご、ごめん…えへへ」

356: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:53:37.30 ID:K5ywTBQXO
幸子「全く…最年長なんですから、しっかりしてもらわないと…」

友紀「ごめーん…」

紗枝「あらあら、しっかりするんは友紀はんだけやないどすえ?」

幸子「?」

紗枝「これからは幸子はんもしっかりせんと。今まで以上に」

幸子「…どういうことですか?」

友紀「あー!あー!まだまだ!もうちょっと後!!」

幸子「?」

紗枝「そない焦らんと…今言うても後で言うても変わりまへんて…」

友紀「そうだけどさ…」

紗枝「それに今から行くんとちゃいます?…ほな、そこで発表してもらいまひょ」

友紀「んー…アタシそんな時間無いんだけど…まあ、いっか!」

幸子「あの…?」

紗枝「ほな行きますえ。ウチはさっさと終わらせて右京はんにお茶を淹れたいんどす」

友紀「また断られるだけだと思うけど…」

幸子「カフェインの摂取量がどうのこうのって…」

紗枝「いいえ!京の女子として、意地でも飲ませたります!!」

幸子「…妙なところでスイッチ入りますよね…」ボソ

友紀「ねー…」ボソ

紗枝「何か?」

幸子「いーえ」

357: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:54:34.43 ID:K5ywTBQXO
…。

ちひろ「…杉下係長…」

右京「…」

ちひろ「…その、これって…」

右京「ええ。そういうことでしょう」

ちひろ「…どうするんですか?こんな事がバレたら…」

右京「…どうですかねぇ…」

ちひろ「…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長は、どうするおつもりなんですか?」

右京「…」

ちひろ「…確かに…こんなこと、組織ぐるみでやって良いことではありません」

右京「…」

ちひろ「…だけど、これをもし公表でもしたら…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長も、タダでは…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長だけならまだしも…」

右京「…」

ちひろ「…その…」

右京「…そうですねぇ…」

ちひろ「…」

右京「…」

友紀「ちひろさーん!!」コンコン

ちひろ「!」

右京「…」

358: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:55:20.29 ID:K5ywTBQXO
友紀「これ、忘れてったよ?」

ちひろ「あ、はい…」

友紀「…でもどうしてここに?」

ちひろ「あ…えっと…」

右京「日報を届けてもらっていたんですよ。残りが少なかったものですから」

ちひろ「…」

紗枝「ほー…」

幸子「…にしては、随分重苦しい空気が流れてましたけど…」

右京「おやおや。それはそれは…」

ちひろ「え、えっと…じゃあ、私はこれで…」

友紀「あれ?もう良いの?」

ちひろ「え、ええ。実は今日ちょっと忙しくて…」

右京「そうでしたか。このようなお使いじみたことをお願いして申し訳ありません」

ちひろ「い、いえ…それでは…」

友紀「あ…」

紗枝「…」

幸子「…」

友紀「行っちゃった…」

紗枝「何や…逃げるように行ってしまわれましたなぁ…」

右京「きっと忙しいのでしょう。ご無理をさせてしまいました」

幸子「…確かに、ほとんどのプロジェクトに顔出してますからね…」

359: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:56:02.90 ID:K5ywTBQXO
友紀「…あ!そ、それよりさ!右京さん!」

右京「…ああ!そうでしたねぇ。人数が揃ったら言うつもりでした」

紗枝「あんまり遅いんで、ウチがフライングで言うたろ思いましたけど…」

幸子「…あれ?ボクだけ何も…」

友紀「そりゃそうだよ!だって幸子ちゃんの事なんだもん!」

幸子「…え?」

紗枝「ええ。ま、ウチはそない期待してまへんけど…」

友紀「こーら。紗枝ちゃんだって賛成してたでしょー」

紗枝「そやったかしら…」

幸子「…あの、いい加減教えてもらえませんかね…」

右京「ええ。そうですね…」

幸子「…」

右京「まず結論から言いますと、今回のユニットリーダー。君に任せたいと思っています」

幸子「…」

友紀「…」

幸子「…え?」

紗枝「…」

幸子「え…え?」

右京「…」

幸子「…ええええええええ!!?」

360: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:57:11.40 ID:K5ywTBQXO
紗枝「よおそない大きな声出ますなあ。朝早くから…」

幸子「な…何を…!そもそも話し合いはどうしたんですか!話し合いは!」

友紀「んー…」

右京「少し前、姫川君から電話を頂きました」

幸子「いえ、だから…」

右京「そして、その後に小早川君からも連絡を頂きました」

幸子「…あの」

右京「多数決です。僕は君達に任せると言いましたから、これに含まれますねぇ」

幸子「あ…なるほど。3対1でボクがリーダーなんですねじゃなくて!!」

紗枝「どないしました?あないリーダーリーダー、TOKIOのメンバー並に連呼してましたやんか」

幸子「いやそれは…だからってこんないきなり…」

友紀「ほら、幸子ちゃんって頭良いしさ」

幸子「む…」

紗枝「その上優しく、空気も読めて…」

幸子「むむ…」

紗枝「ほんで、カ・ワ・イ・イ」

幸子「それバカにしてますよね!?もう顔から魂胆滲み出てますよ!!ボクに面倒な事全部押し付けるつもりでしょう!?」

紗枝「リーダーになったあかつきに、ユニット名を決める権利だけ与えられますえ」

幸子「だけってなんですか!!あの人古株だから一応形だけみたいな感じになってるじゃないですか!!」

右京「しかし、君の実力を認めているのは確かですよ」

幸子「…む…」

友紀「そうだよ。流石にこんなの何の気なしに任せたりしないでしょ?」

幸子「…でも、ボクってまだ、一度もLIVEやったこと…」

紗枝「ほなウチが引き受けまひょか?」

幸子「あっ…だ、ダメです!!ボクがリーダーなんです!!」

紗枝「はい聞きました」

友紀「じゃあよろしくねー。アタシレッスン行くから」

幸子「んなっ!!?ちょ、ちょいっ!!」

361: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:58:45.50 ID:K5ywTBQXO
右京「君も、アイドル業が板についてきましたねぇ」

幸子「ついてませんよ。普通に係り決めの日に学校休んだ生徒なだけじゃないですか」

右京「不満でしたか?」

幸子「不満というか…決められ方が…」

右京「小早川君はああ言っていましたが、内心では君を頼りにしていましたよ」

幸子「…む…」

右京「姫川君もまた、君のその頭脳を頼りにしています」

幸子「あの人全っ然覚えませんもんね。あれこれ」

右京「そして僕は…幸子君」

幸子「は、はい…」

右京「僕が君を推薦した理由は、一つです」

幸子「…」

右京「…」

幸子「…そ、それは…?」

右京「…君が一番、現実と向き合ってくれそうですから」

幸子「…現実?」

右京「ええ。…少し言うのは憚られますが、辛い経験を乗り越えた君だからこそ…」

幸子「…ま、まあ、そこまで言うんでしたら…引き受けますが…」

右京「と、いうわけです。ユニット名も君に任せるとしましょう」

幸子「…ほう…」

右京「彼女達も任せると言っていましたから。どうぞお好きに」

幸子「そうですねぇ…でしたら、デビュー当日にでも発表するとしましょう!」

右京「おやおや…」

幸子「とてもボク達に似合った名前をつけてあげますよ!何せこのボクが!つけてあげるんですから!」

右京「頼りにしています。…それと、幸子君」

幸子「はい?」

362: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:59:42.17 ID:K5ywTBQXO
右京「…君、今は楽しいですか?」

幸子「…いきなりどうしたんですか」

右京「そのまま受け取っていただいて構いません」

幸子「…そんなの、今更聞くことではないでしょう?」

右京「確認ですよ。ええ…」

幸子「…そうですねぇ…ま、まあ、勿論……楽しいですよ。と、とても…」

右京「…」

幸子「アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!」

右京「…そうですか」

幸子「…で?右京さんはどうなんです?」

右京「はいぃ?」

幸子「ボクが答えたんです!右京さんにも答えてもらいますよ!」

右京「…」

幸子「…」

右京「…僕はいつでも、真剣に仕事と向き合ってきたつもりですよ」

幸子「…そうじゃなくて…」

右京「君達に会えた事は、僕にとってかけがえのない、大切な思い出となっています」

幸子「…」

右京「それでは、不満ですかねぇ?」

幸子「…いえ…」

右京「それでは、頼みましたよ」

幸子「…はい!」

右京「…」

363: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:01:05.79 ID:K5ywTBQXO
「はいそこ!そこでもっと腕上げて!」

「は、はいっ!」

「そうそう!そこ!」

「はい!」

人生というのは、何があるか分からない。

だから面白いのかもしれないけど、辿り着いた先が先の見えない暗闇ならそれは元も子もなくなる。

アタシのように何も考えず、ただトラウマから逃れたい一心で上京などしたら、どうなるか。

行った先で成功するか。
たまたま幸運に巡り合うか。

「イッチニ、サンシ…」

紗枝ちゃんは、前者。
幸子ちゃんは…多分後者。

…アタシは間違いなく後者。

「はい!ワン・ツー!ワン・ツー!」

もし右京さんがアタシに目もくれなかったら、どうなっていたか。

…今頃働いてたアルバイト先で正社員登用制度の項目に真剣に向き合ってたかもしれない。

「…うん!今のは良かった!じゃあ、もう一回通しでやってみよう!」

「はい!」

でも、それも悪くないんじゃないかと思ってるのも確か。

少なくとも、今の仕事よりは安定してお金は入るだろうし、正直嫌いじゃなかったし。

「…そういえば、ユニットデビューの噂が流れているようだが…」

「はい。だけどその前に幸子ちゃんのデビュー曲もありますし…」

「ふむ。輿水か…」

…でも、じゃあそっちに戻るかと聞かれたなら、答えはNO。

「何かあったんですか?」

「ん?…いやな、私も色んなアイドルにこうやってレッスンを行ってはきたが…あそこまで運動神経が無いのは初めてだ」

「あー…」

それを幸子ちゃんに聞いても同じ答えが返ってくるだろうとアタシは思う。

「ただ、ガッツはそんじょそこらの者達より遥かに上だ。人は見た目によらないというのは本当だったよ」

「…それ、聞かなかったことにしておきます」

…何故か。

それは、まあ。

…言わなくたって分かると思う。

364: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:02:12.85 ID:K5ywTBQXO
「…」

ふと、カレンダーに目をやる。

今月の日にちのほとんどに可愛らしい色取り取りの丸印がつけられている。

ひと月でこれだけあるのは、それだけ有名アイドルを育てている証拠なのだろう。

そんな中、特に装飾のない薄紫の蛍光ペンで囲われた日にちに目をやる。

「…あ…」

幸子ちゃんのデビューまで、後数日を切っていた。

…時が経つのは、意外と早い。

そういえば、最近幸子ちゃんのレッスン量はかなり増えてきた。

事務所にいる時間よりも、レッスンルームにいる時間の方が長くなり、346に来る時はジャージのまま行動するのは珍しくなくなった。

紗枝ちゃんにはからかわれたりしてるけど、いちいち着替えるよりそのままで居る方が時間を効率的に使える、と。

…あの子らしいや。

「…さ!休憩は終わり!ぼさっとしてると時間は過ぎてくままだぞ!」

「あ、はい!」

…この人の熱血漢な話し方も、もう慣れた。

365: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:03:10.95 ID:K5ywTBQXO
今西「…」

右京「…」

今西「…」

右京「…」

今西「…さて、どこから話そうかな…」

右京「まずは、こうなった経緯…」

今西「ふむ…」

右京「それから、何故これを僕に渡したのか」

今西「ほう…それを…渡したと?」

右京「ええ」

今西「どうしてそう思うのかね?」

右京「まず、部屋の鍵がかかっていませんでした」

今西「たまたまいなかっただけかもしれんよ?」

右京「だとしたら、大変不用心な方だと思いますがねぇ。部長職の貴方が、会社の機密情報が入った机や金庫を野放しにするなど…」

今西「ふむ…」

右京「そして、机の上の書類。役員クラスの貴方に届くようなものですから、ファイルに入れてしまっておくか、机の上に置くならば裏返して重石を乗せておくなりするはずです。…しかし、書類は綺麗に表になっていました。見てくれと言わんばかりに」

今西「…」

右京「そして、このメモリースティック」

今西「…」

右京「これもまた、これ見よがしに置いてありました」

今西「…うむ」

右京「書類の内容はユニットを作る代償として、僕の転勤。そしてこのメモリースティックの内容は…」

今西「…君の事だ。もう察しはついているんだろう?」

右京「ええ。あくまで僕の憶測ですが」

今西「…」

366: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:03:58.28 ID:K5ywTBQXO
右京「千川さんに、ここ数ヶ月のうちの、ここに届いた納品書をある程度見せて頂きました」

今西「うむ」

右京「すると、不自然なまでに大量発注されていたものが、これまた大量にありました。このメモリースティックもそれと同様…」

今西「…」

右京「…架空発注」

今西「…うむ」

右京「キックバックを受け取っているのは、誰でしょう?」

今西「…」

右京「…」

今西「役員は、全員…受け取っているよ」

右京「…」

今西「…私も、その一人だ」

右京「社長もでしょうか?」

今西「…それは、ノーコメントだ」

右京「そうですか…」

今西「…」シュボッ

右京「…」

今西「…君は、どうするつもりかね?」フゥー

右京「その台詞、そのまま返しましょう」

今西「…そうだったね。…うむ…そうだ」

右京「僕に、どうしろと?」

今西「…君の、好きにしたまえと…言える訳がない、か」

右京「…」

今西「私はね、杉下君」

右京「ええ」

今西「君が、君の生き方が、羨ましかったんだよ」

右京「はいぃ?」

367: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:05:04.00 ID:K5ywTBQXO
今西「ただひたすら真実を追求し、ルールに基づき行動する」

右京「…」

今西「それを当たり前のようにやってのける君が、羨ましかった」

右京「それが、当たり前の事だと思っていますから」

今西「その当たり前の事が、当たり前のように出来ないのが今の社会、サラリーマンの社会なんだ」

右京「…」

今西「…小さな違反なら、どこもかしこもやっている」

右京「…」

今西「だが、それで良いわけがない」

右京「ええ」

今西「…だから、君にこの問題を任せようと…思った」

右京「…思った…」

今西「ああ。思った、だ。何せその時にあのとんでもない通達が来たものだからねぇ」

右京「…」

今西「あれは間違いなく予防策だ。君という制御不能の人間を遠ざけ、それと同時に人質も取った…」

右京「…」

今西「…正直、ここまで腐敗しているとは思わなかったよ」

右京「…意見を言わせてもらえるならば」

今西「む…?」

右京「罪に屈した貴方が、上の人間をとやかく言う資格は無いということです」

今西「…間違いないね」

右京「しかし、後悔しているというのならば」

今西「…」

右京「しっかりと、罪の意識を持つべきです。これからもずっと、さらに、貴方は後悔し続けるべきです」

今西「…うむ」

右京「そして、僕もまた、後悔し続けるでしょう」

今西「…」

368: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:06:09.18 ID:K5ywTBQXO
右京「これは、お返しします」

今西「ああ」

右京「それでは、これで」

今西「うむ。…すまなかったね」

右京「…ああ!それと、もう一つ」

今西「?」

右京「真実というものは、いつか必ず白日の下に晒されるものです。どれだけ闇に葬られようとも」

今西「…」

右京「今回の場合、それの役目を負うのは、僕は出来ない、というだけです」

今西「…ならば、私からも聞いていいかね?最後に一つ」

右京「何でしょうか」

今西「…もしも、君がこちら側にいたら…どうだったかね?」

右京「はいぃ?」

今西「君が私の立場だったら、屈していたかね?」

右京「…」

今西「…たまたま運が悪かった。そう、言い訳することは出来ないものかね…」

右京「…」

『アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!』

右京「…僕にとって、プロデューサーという職業は向いていないようです」

今西「…私も、そう思うよ」

右京「…」ペコ

今西「…」


今西「…」フゥー


今西「…お返しします…か…」


今西「…」ペラ


今西「…」


今西「…私が守ったものは、私自身に過ぎなかった、か…」

369: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:07:19.53 ID:K5ywTBQXO
幸子ちゃんがアタシ達のリーダーになって、数日後。

「…あー…緊張する…」

その日はやってきた。

「何で友紀さんが緊張するんですか…」

「ほんまどすなぁ。ウチの時なんて次の仕事はーなんて言うてましたのに」

「だって幸子ちゃんのデビューだよ!?緊張するじゃん!」

「ボクは雛鳥か何かですか!!」

幸子ちゃんの、念願の歌手デビューの日がやってきたのだ。

370: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:08:14.03 ID:K5ywTBQXO
「自分のことではなく、誰かの事で緊張する余裕が出来たということですかねぇ」

「うー…言い方悪いぞー」

ちょっと年長者らしくしたらこれだもんなあ。

…だけど。

「…」

当の本人は全く緊張していない、わけがない。

「…」

ヘッドホンを着けて何度も繰り返し練習している。

「精神論になりますが、練習はやっただけ力になります。やればやるほど…」

「うん。…でもアタシだって…」

「君は、本番前日の夜テレビを観ていましたねぇ」

「うっ…な、何でそれを…」

「電話越しに、君の声に重ねて聴こえてきましたから」

「ああ、それならああなるはずどすわ」

「あ、あんなプレッシャーかかるって思わなかったもん!」

「ちょっと!静かにしてくださいよ!集中してるんですから!」

幸子ちゃんがヘッドホンを外し、注意を促す。

…アタシが言うのもなんだけど、これじゃどっちが年長者か分かんないよね…あはは。

371: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:09:15.16 ID:K5ywTBQXO
「そない神経質にならんと…力抜いて、普段通りやったらええんどすえ」

「そう簡単に言ってくれますけどね…」

「小早川君は、全く緊張していませんでしたからねぇ」

「しとらんことはなかったんどす。せやけど失敗したら失敗したで、それがデビュー仕立てのウチの実力なんやと言い聞かせよ思いまして…」

「それ、開き直りと言うんですよ」

「ええやありまへんか。結果オーライっちゅうことどすわぁ」

そりゃ、右京さんにも臆せず立ち向かえるんだもんなあ。

…流石、としか言えないや。

「…まあ、参考にしてあげますよ。メンバーの意見も取り入れるのがリーダーの務めですからね!」

「失敗したら開き直るリーダーなんてウチ嫌やわあ」

「アドバイスくれたんですよね!?」

「…あ!もうそろそろ準備しなきゃ!幸子ちゃんほら早く早く!」

「え!?あ、ああ!もう!こうなったらやってやりますよ!!もう!」

「幸子君。僕からも一つ」

「え?な、何ですか?」

「これからも、色んなことがあるでしょう」

「…?」

「?」

…?

「どうか、変わらない、飾ることのない君達のままでいてください」

「は、はい…」

「…?」

…いきなり、どうしたんだろ…。

…君達?

372: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:10:25.35 ID:K5ywTBQXO
『会場にお越しいただいた皆様、ありがとうございます!』

友紀「アタシ達の時もこうやって暗転してたよね…」

紗枝「そうどすなぁ。なんや懐かしい思い出になりましたわぁ」

『本日、346プロダクションより歌手デビューを果たす子が来てくれました!』

友紀「うんうん…」

右京「ちなみに、ここでユニット名を発表するらしいですねぇ」

友紀「えっ?」

紗枝「それはそれは…サプライズ返しされましたわぁ」

『そしてなんと、なんと!その子はあの姫川友紀ちゃん!小早川紗枝ちゃんとユニットを組み、なんと!そのリーダーに抜擢された実力者なのです!』

友紀「うわー…めっちゃお客さん盛り上がってる…」

紗枝「今頃向こうで白くなっとるんちゃいます?」

『そして今宵、そのユニット名が決まったのです!』

紗枝「…」

友紀「…」

右京「…」

『その名は、『KBYD』!!『カワイイボクと、野球どすえ』!!』

紗枝「」

友紀「」

右京「おやおや…」

『『KBYD』!これからの活躍に目が離せませんね!!』

紗枝「ウチ向こう行ってきます」

友紀「ダメダメダメ!!荒らしに行く気満々じゃんか!」

紗枝「あないな名前、納得出来まへんえ!!あない金魚の糞の糞みたいな名前!!」

友紀「アイドルがそんなの言わないの!!」

右京「君達が彼女に任せたんですよ」

紗枝「う…せやかて…」

右京「今は、彼女の晴れ舞台を見ることにしましょう」

友紀「…ん。まあ、そう…だね!」

紗枝「…そう、どすなぁ」

『それでは皆様!彼女の名前を呼んであげてください!!せーのっ!輿水ー!?』

「「「幸子ちゃーーーーん!!!」」」

373: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:11:37.58 ID:K5ywTBQXO
http://youtu.be/jMxTo56Z-88



友紀「やっぱりみんな薄紫のペンライト持ってきてるね…」

紗枝「これも前情報いくつか流しておいたからどすか?」

右京「僕は君達の時も、色まで指定はしませんでしたよ」

紗枝「ほー…」

右京「それはつまり、その色が君達の個性だということです。皆が一様に思う程…」

友紀「アタシが、オレンジ…」

紗枝「ウチが、ピンク…あれ、ズルないどすか?薄紫色なんてそない被りまへんえ」

友紀「まあ、アタシ達確かに単色だしね…」

右京「でしたら、埋もれないよう目立つ努力をしましょう」

友紀「…あ!こ、転んだ!転んじゃっ…うわー…」

紗枝「思い切り体ひねって回避しましたえ…」

友紀「本人は誤魔化してるつもりだけど、一切誤魔化せてないよね、あれ」

右京「…幸か不幸か、小早川君のアドバイスが効いたようですねぇ…」

紗枝「どう見てもお笑い芸人どすえ」

友紀「あ、あはは…」

374: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:12:49.65 ID:K5ywTBQXO
幸子「いやー、流石はボクですね!多少のアクシデントにも動揺することなくやりきりました!」

紗枝「汗びっしょりどすえ」

友紀「絞れそうなくらい出てるよ」

幸子「当たり前でしょう!!どれだけ精神をすり減らしたか…」

右京「きちんと見ていましたよ」

幸子「見なくていいんですよ!」

右京「そして、君の初めてのLIVE。成功したかどうか…」

幸子「…」

右京「…観客の方達を見れば、分かるでしょう」

幸子「…」

「「「アンコール!アンコール!」」」

紗枝「もっかい転べ言うてますえ」

幸子「おかしいでしょ!!そうなってるならただのお笑い芸人ですよ!!」

友紀「…ふふっ」

幸子「な、何がおかし…わっ」

紗枝「あら…」

友紀「…じゃ、アンコールに応えよっか!」

紗枝「…」

友紀「今度は、アタシ達で、ね?」

幸子「…」

友紀「ね?」

紗枝「…そうどすなぁ」

幸子「ふ、ふふふ。ならばせいぜいボクについてくることです!」

紗枝「嫌やわぁ。ウチあない芸人みたいな真似…」

幸子「だーかーら!!」

友紀「右京さん!」

右京「カメラの準備なら、出来てますよ」

友紀「…うん!じゃあ……行ってくるね!」

右京「ええ」

375: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:13:40.39 ID:K5ywTBQXO
幸子ちゃんと、紗枝ちゃんの手を引き、舞台へ上がる。

それと同時に、大きな歓声が聞こえてくる。

衣装を着た幸子ちゃんと違い、私服姿のアタシ達は浮いたように見えるかもしれない。

勝手に来てしまったからか、スタッフも少し慌てていた様子だった。

けど、すぐに納得した様子でライトをこちらに向ける。

「みんなー!!待たせてごめんねー!!」

観客が手を振る。

どこに隠し持っていたのか、アタシ達専用のペンライトを取り出す。

オレンジ、ピンク、薄紫。

3つのペンライトが、ホールを彩る。

「先程はホンマにお見苦しいモンを…」

「何でですか!!嘘でも良いから褒めて下さいよ!!」

その光景を見て、改めて確信する。

「アタシの名前はー!?」

「「「ユッキー!!」」」

「ウチはぁ?」

「「「紗枝ちゃーん!!」」」

「ではボクは!!」

「「「幸子ーーー!!!」」」

「呼び捨てにしない!!」

…アタシって、本当に幸せ者だ。
https://youtu.be/CTl1BDngldc


https://youtu.be/kpiYajeu7-s


http://youtu.be/jMxTo56Z-88


376: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:14:37.95 ID:K5ywTBQXO
友紀「右京さん!」

右京「ええ、見てましたよ。ああ!それに勿論、きちんと収めさせて頂きました」

友紀「あ!見せて見せて!」

紗枝「あらぁ…なんやいけるもんどすなぁ」

幸子「当たり前です!なんせこのボクがまとめているんですから!」

紗枝「そやなあ。良かったどすなぁ」

幸子「あー!またバカにしてー!」

紗枝「ふふ。今はまあ…終わったということで。結果は出しましたさかい…」

右京「ええ。本当に…」

友紀「よーし!じゃあ早速打ち上げだー!」

紗枝「そうどすなぁ。幸子はん、今日は女将はんに頼らんと晩御飯食べられますえ」

幸子「む…し、仕方ありませんね!なら、せ、折角ですから?行ってあげても…」

紗枝「幸子はん不参加らしいどすえ」

幸子「行きます!行きますって!!」

紗枝「ふふ。そうならそうと早よ言わな…」

友紀「…じゃ、これで決まりだね!KBYD!結成だー!!!」

幸子「わっ!…ちょ、ちょっと!こんなところではしゃがないでください!」

紗枝「ふふ…ほんまに陽気なお方…」

右京「…そうですねぇ。時間も早いですが…着替えたら事務所に戻り、行くとしましょう」

友紀「うん!」

377: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:15:28.10 ID:K5ywTBQXO
「んー!これ美味しー!!」

「ちょっ…それボクのですよ!もう!友紀さんのも貰いますからね!」

「ええなあ。賑やかで…」

「たまには、良いものですよ」

右京さんの新たな行きつけとなった店で、アタシ達だけの密かな打ち上げが行われた。

ユニット結成の、記念パーティー。

静かな店でこういうことをするのは、よろしくないのかもしれないけど、店の人も快く許可してくれた。

それどころか暖簾を片付け、貸切にまでしてくれた。

『まあ、良かったじゃない。そのうちアタシらも祝ってあげるから』

早苗さんや瑞樹さんも、アタシ達の門出を喜んでいてくれた。

「これからも頑張っていこー!」

「もう…飲み過ぎですよ!友紀さんが寝ても面倒なんか見ませんからね!」

「えー…リーダーのくせにぃ…」

「年長者でしょ!!ちょっとは自制して下さいよ!」

とても、楽しかった。

楽しくて、仕方なかった。

これからのことを、思い浮かべて。

未来の自分達を、思い浮かべて。

だけど、それを思い浮かべていたのは。

…アタシ達だけだったんだ。

「右京さん!もう一回カンパーイ!」

「…ええ」

アタシ達が、右京さんの、姿を見たのは。



…この日が、最後だった。

第十一話 終

378: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:16:07.11 ID:K5ywTBQXO
ごめんなさい終わりませんでした
次が最終回です

文章力無えなぁ…

379: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/07(土) 21:24:59.91 ID:sl5RPsA7o

待ってたよ
次も待ってる

382: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/07(土) 23:41:01.07 ID:Yn6gj6Rk0

毎度見やすいし面白いよ

383: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/08(日) 01:57:13.31 ID:Z2Es8Xyxo
乙~1クール分あるな映像化はよ